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高齢者のテクノロジー導入の課題と可能性を探る~トロント・AgeTechアクセラレーション組織 CABHIの取り組み~

 

公開月:2024年1月

Bianca Stern(ビアンカ スターン)

Centre for Aging & Brain Health Innovation(CABHI)/Baycrest centre
ヘルス・イノベーション&オペレーションズ エグゼクティブ・ディレクター

日本語訳:阿久津 靖子(あくつ やすこ)
一般社団法人日本次世代型先進高齢社会研究機構(Aging Japan)代表理事株式会社MTヘルスケアデザイン研究所所長

※ 「アクセラレーション」は、加速、促進の意味。プロジェクトの発展を推し進めることを指す。

デジタル技術が高齢者にもたらす利点と課題

 近年のデジタル技術の進歩は、高齢者の生活に大きな変革をもたらしている。スマートフォンやタブレットが提供する多様なアプリケーションやサービスにより、高齢者はビデオ通話を通じて家族や友人とのつながりを保ち、電子書籍やゲームなどの活動に参加できるようになった。フィットネストラッカーやスマートウォッチなどのウェアラブル健康機器は、歩数や心拍数、睡眠パターンを追跡し、健康状態をモニタリングすることで、活動的かつ健康的なライフスタイルを促進する。バーチャルアシスタント機能を備えたスマートスピーカーは、高齢者がデバイスの操作やリマインダーの設定、自然言語を使った情報アクセスを容易に行えるようサポートし、テクノロジーをより身近な存在にしている。遠隔医療サービスは、医療専門家との遠隔相談を可能にし、直接診察を受ける必要を減らす。AI主導の遠隔医療プラットフォームは、個別の医療相談や推奨を提供し、機械学習アルゴリズムは健康データを分析し、医師が遠隔で状態を診断し治療を支援する。AIを活用したモバイルアプリは、服薬スケジュールの管理やリマインダーの提供、薬剤師や医師と連携し継続して薬の処方を行う。そして、AI搭載のスマートホームシステムは、日課を学習し、環境を最適化することで快適性と安全性を向上させる。仮想現実と拡張現実のアプリケーションは、認知トレーニングや記憶の保持、認知症の高齢者の日常活動をサポートし、混乱を減らす手がかりを提供する。AI駆動のロボットやチャットボットは、孤独な高齢者に交友や感情的なサポートを提供し、孤独感を軽減する。これらのテクノロジーは、高齢者がより自立した、つながりのある、健康的な生活を送るための可能性を秘めている。

 ただし、これらの技術を高齢者が受け入れるためには、現実には、心理的な多くの課題が存在する。また、デジタル技術の設計開発において、高齢者自身の関与が限られていることも課題だ。高齢者のニーズや嗜好に対応するためには、高齢者の声を取り入れることが重要となる。デジタル技術は高齢者に多くの利点をもたらすが、その導入と利用にはさまざまな課題が伴う。

CABHIの高齢者を巻き込む製品開発の取り組み

1.CABHI:高齢者の脳の健康と自立をサポートするデジタル技術の開発

 カナダ・トロントに拠点を置くCentre for Aging & Brain Health Innovation (CABHI)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)は、高齢者の日常生活にデジタル技術を普及するための研究とイノベーションに焦点を当てている。老化と脳の健康と多面的なウェルビーイングの向上を目指し、高齢者向けのデジタル技術の設計と実装に特化している。

 カナダは、世界課題である高齢者人口の増加に直面しており、これは特にヘルスケアシステムに多大な影響を与えている。認知症や認知機能の低下といった加齢に関連する症状の有病率の増加は、国の医療制度に経済的な負担をもたらしている。こうした背景のもと、CABHIはトロントのヘルスケアとテクノロジーのエコシステムを利用して、イノベーター、研究者、起業家、エンドユーザーが協力し、老化と脳の健康のためのソリューションを開発するためのハブとして機能するために設立された。科学的発見や新たな技術の進歩を実用的なアプリケーションや製品に転用することに重点を置き、研究、開発、商業化の取り組みを支援している。CABHIの使命は、脳の健康を促進し、自立をサポートし、加齢に伴う課題に対処するソリューションを推進して、高齢者の生活の質を向上させることである。

2.コ・デザインの実践で高齢者の心に響く製品を生み出す

 CABHIでは、高齢者のエンドユーザーとともに設計することで、アクセシビリティ、ユーザビリティをあげ、革新的なソリューションが社会に実装される方法を学んできている。その1つにLeap(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)と呼ばれるバーチャル・エンドユーザー・コミュニティを立ち上げている(図)。Leapを通じて、脳の健康、テクノロジー、イノベーションについて学び、高齢者とその介護パートナーとのつながりを形成し、人々と高齢者のストーリーを共有・交換することで、高齢者の生活体験に対する認識と理解を深め、ソリューション開発に役立つ有益な知見を得ている。ソリューションのデザインとユーザビリティについては、参加するイノベーターにテストとフィードバックを提供し、彼ら自身の革新的なソリューションをデザインして普及させる。インクルーシブなコ・デザイン(Co-design)の実践が、高齢者のためのテクノロジー開発において、高齢者の声を確実に届けることに役立っている。LeapではCo-designを重視している。Co-designとは、製品、サービス、ソリューションの設計と開発に対する共同的で包括的なアプローチである。エンドユーザー、利害関係者、その他の関係者を設計プロセスに積極的に参加させ、最終製品がユーザー中心で、彼らのニーズや嗜好に対応したものになるようにする。

 年齢による差別や偏見であるエイジズムは、高齢者はデザインプロセスに参加する能力や意欲が低いかもしれないという思い込みにつながり、結果として高齢者を排除することになる。高齢者はデジタル技術に疎く受け入れにくいという先入観や固定観念が、イノベーターに高齢者の意見を見過ごさせることもある。設計プロセスで、共同設計者としてもエンドユーザーとしても、高齢者の意見が反映されないことが多く、高齢者独自のニーズや視点を考慮することが難しい。

図、バーチャル・エンドユーザー・コミュニティであるLeap コミュニティ(Leapホームページからの画像)。
図 Leapコミュニティ
(出典:Leapホームページ(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)

 イノベーターは、若いユーザーに有効なソリューションが当然高齢者にも有効であると思い込み、カスタマイズされた機能やインターフェースへの潜在的な必要性を見落とすことがある。開発プロセスにおける限られた時間とリソースは、効率を優先させ、高齢者を排除することにつながる可能性がある。しかし、Co-designに高齢者を参加させる取り組みは、高齢者のニーズや嗜好を真に満たすテクノロジーを生み出すために不可欠である。

 前述したように、高齢者には独自のニーズや課題があり、高齢者ではないデザイナーには十分に理解できない。Co-designによって、設計プロセスのあらゆる段階で高齢者の視点が考慮され、その結果、彼らの要件に合わせたソリューションが生み出される。高齢者は、技術的な理解度や身体的な能力が異なる。Co-designは、ユーザビリティの問題を特定し、高齢者にとってよりアクセスしやすく使いやすいソリューションを設計するのに役立つ。高齢者を設計プロセスに参加させることで、高齢者の心に響く製品やサービスを生み出すことができ、高齢者自体が技術を受け入れ、使用する意欲を高めることができる。

 高齢者が自ら自分のことを語るストーリーテリングは、高齢者向け製品のデザインにおける貴重なツールである。ストーリーテリングによって、イノベーターは高齢者の生活や経験を深く知ることができ、高齢者の課題、要望、嗜好をより深く理解することができる。ストーリーテリングは人間中心のアプローチであり、単なる統計や既知の情報ではなく、実際の生活や障害に直面している特定の痛みや分野を浮き彫りにし、直接対処するソリューションを開発することを可能にする。個性を深く知り、彼らの多様なニーズをよりよく満たすことができる、より高齢者にやさしい製品設計を可能にする。高齢者のストーリーや視点が設計プロセスに取り入れられていると、製品は、高齢者にとって使いやすく、親しみやすいと感じやすくなり、それが受け入れられやすさや実際の購入につながる

高齢者にテクノロジーを使ってもらうために

1.高齢者のニーズ、嗜好性、限界を深く理解する

 多くの高齢者はデジタル技術の進歩と共に育っていないため、最近のテクノロジーになじみが薄い。加齢に伴う身体的な能力によって、ICT機器やインターフェースの使用が困難になることもある。機器やインターネットにアクセスできない高齢者もいる。テクノロジーは高価な場合があり、年金だけで暮らしているような経済的制限のある高齢者にとっては費用負担が大きい。多くの機器やアプリは、若いユーザーを念頭に置いて設計されているため、高齢者にとっては操作が難しい場合がある。個人情報をオンラインで共有することに警戒心を抱いたり、詐欺を心配したりする高齢者もいる。新しいテクノロジーへの抵抗やテクノロジーへの恐怖や間違いを恐れたりする高齢者もいる。ユーザーフレンドリーな設計、トレーニング、サポートを通じてこれらに対処することで、高齢者がテクノロジーを生活にうまく取り入れることができる。

 CABHIでは、テクノロジー・プロトタイプ(試作モデル)の作成と改良を行うイノベーターである多くのプロジェクト・チームにアドバイザリー・サービスを提供している。高齢者向けのデジタル製品やサービスを設計する際には、高齢者のニーズ、嗜好性、限界を深く理解することから始めることを勧めている。

 調査、インタビュー、ユーザビリティ・テストなどのユーザー・リサーチを実施し、彼らの具体的な要件に関する気づきを集める。Leapコミュニティは、デジタル技術開発の全過程を支援する上で不可欠な役割を果たしている。

2.高齢者にやさしいデザインとサポートの提供

 高齢者にやさしいデザインでは、シンプルで直感的なユーザーインターフェース、身体的・認知的衰えを考慮した機能(大きなテキスト、調整可能なコントラスト、音声コマンド)、リマインダーや健康モニタリングツールなどが必要とされる。さらに、手頃な価格、安全性・プライバシー、カスタマイズの重要性も強調されている。カスタマイズにより、高齢者は技術を自分のニーズに合わせて調整でき、安全性とプライバシーの確保はユーザーの信頼を構築する。価格面では、高齢者の経済的な制約を考慮し、補助金や財政的支援の選択肢を提供することが望ましい。

 デジタルソリューションの相互接続性も重要で、他のデバイスやサービスとのシームレスな統合が求められる。社会的孤立を軽減するためのビデオ通話やソーシャルメディアの機能も重要だ。イノベーターは、技術トレーニングや継続的なサポートを提供することで、高齢者がテクノロジーに慣れるようサポートすることが推奨される。

 高齢者の日常生活にデジタル技術を取り入れてもらうために、CABHIでは、高齢者に自信とデジタルスキルを身に付けてもらえるよう、特別なトレーニングプログラムとワークショップの提供、デバイスとサービスの初期設定の簡素化、ユーザーコミュニティの作成、アナログツールの要素を取り入れたデジタルソリューションの開発、高齢者のデジタルへの恐怖心や誤解への対処、家族のサポートの奨励、興味や趣味へのテクノロジー活用へのサポートを行っている。その1つのプラットフォームとしてLeapを創設した。

 北米では、デジタル教育プログラムが増えている。手頃な価格のデバイス、インターネットインフラ、テクニカルサポートが提供され、実用的なトレーニングを行っている。人と交流できるコミュニティセンターで、高齢者は手軽にテクノロジーにアクセスでき、適切なアドバイスを受けることができる。テクノロジーを使えるようになるだけでなく、コミュニティへの帰属意識も育まれている。

 高齢者向けAgeTech製品の設計では、ユーザー中心のCo-design、手頃な価格、安全性、認知的・身体的衰えへのサポートを優先する多面的なアプローチを含む。教育、サポート、一般的な懸念への対応により、高齢者が日常生活でデジタル技術を受け入れやすくなる。CABHIでは、デジタル技術のイノベーターと高齢者やケア提供者との間のギャップを埋めるため、包括的なアプローチを意図的に採用している。これにより、実用的でアクセス可能、かつ手頃な価格のソリューションを提供でき、「実社会」の問題に確実に対処している。

筆者

Bianca Stern(ビアンカ スターン)
Bianca Stern(ビアンカ スターン)
Centre for Aging & Brain Health Innovation(CABHI)/Baycrest centre
ヘルス・イノベーション&オペレーションズ エグゼクティブ・ディレクター
略歴
カナダのケベック州マギル大学で作業療法の学士号、カナダのトロント大学でリハビリテーション科学の修士号を取得。民間および公的医療セクターにてコミュニティケア、急性期後のケア、長期ケアなどにおいて40年以上のキャリアを積みながら、大学等でカリキュラムの設計、研究、教育、学生の指導に携わる。AgeTechイノベーションの分野で、作業療法士の視点、デザイン思考、アートをベースにしたツールを融合させ、参加型のユーザー中心のアプローチを用いた課題解決の指導的立場にある。CABHIの運営、ナレッジコミュニケーションチームとして研究と実践の架け橋となっており、Leap(CABHIのバーチャル・エンドユーザー・コミュニティ)を統括。
専門分野
作業療法士、AgeTech開発リサーチ運営責任者

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health 2024年 第32巻第4号(PDF:5.1MB)(新しいウィンドウが開きます)

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